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大阪家庭裁判所 昭和44年(家)7784号 審判

申立人 宮沢まち(仮名)

相手方 川上宏子(仮名) 外四名

主文

申立人の本件申立を却下する。

本件申立費用は申立人の負担とする。

理由

第一、申立人の本件申立の趣旨および実情

1  申立の趣旨

被相続人亡丸井もとの相続財産について遺産分割の審判をなすことを求める。

2  申立の実情

(1)  丸井もと(以下もとと略称する)は、昭和二三年八月一二日米軍将校運転の自動車事故により死亡したが、同女の相続人は長女の申立人、相手方川上宏子、同北村夏子、および長男の丸井秀夫(以下秀夫と略称)であるが、秀夫は昭和四三年二月九日死亡したため、同人の相続分はその長男の相手方丸井勇が相続した。

(2)  ところで、秀夫は、もとの上記事故死につき見舞金および遺族給付金等としてこれまで大阪府および名古屋防衛施設局から総合計金二〇五、〇〇〇円(内訳、昭和二三年九月二一日大阪府から死亡見舞金一、〇〇〇円、昭和二八年三月一九日大阪府から死亡見舞金一二、六〇〇円、昭和三八年三月二七日名古屋防衛施設局から遺族見舞金一八六、四〇〇円および葬祭給付金五、〇〇〇円)の支給を受け、ついで、相手方丸井勇一は昭和四四年九月九日名古屋防衛施設局からもとの上記事故死につき特別遺族給付金として金一五五、〇〇〇円の支給を受けておるが、これらの支給金はいずれももとの相続財産に属するものである。

(3)  よつて、申立人は、もとの相続人として、その相続財産について公平かつ適正な遺産分割の審判をなすことを求める。

第二、当裁判所の判断

1  本籍大阪府池田市○○町○○○○番地筆頭者丸井秀夫の戸籍謄本、本籍大阪府○○市○○△△△番地筆頭者丸井秀夫の戸籍謄本、本籍大阪府○○市○○△△番地筆頭者宮沢浩治の戸籍謄本、本籍和歌山県那賀郡○○町大字○○△△番地筆頭者草野新一の戸籍謄本、および当裁判所調査官野口享二の調査報告書を総合すると、申立人が本件で主張する被相続人のもと(本籍大阪府○○市○○△△△番地、明治一二年二月一五日生)は昭和二三年八月一二日午後九時四五分大阪府豊野郡○○町大字○○△△△番地において占領軍の自動車による事故で死亡したが、当時もとには、嫡出子(長女)の申立人、嫡出子(長男)の秀夫、非嫡出子の相手方川上宏子、非嫡出子の相手方北村夏子があつたこと、ところが、秀夫は昭和四三年二月九日死亡したため、その妻である相手方丸井光子、長男の相手方丸井勇一、長女の相手方草野茂子が民法所定の各相続分に応じて秀夫を相続したことがそれぞれ認められ、この事実によると、申立人、相手方川上宏子、相手方北村夏子および秀夫が被相続人もとの共同相続人であることは明らかであるが、秀夫はもと死亡後死亡しているため、同人の相続人である相手方丸井光子、相手方丸井勇一、および相手方草野茂子の三名が秀夫と同一地位においてもとの相続財産の遺産分割に与かるべき当事者になるといわねばならない。(申立人は、本件申立書において、本件遺産分割に与かるべき当事者として相手方丸井光子および相手方草野茂子を掲示していないが、上記のとおり両名も本件遺産分割事件の当事者であるから、本件審判書には両名も当事者として表示した。)

2  そこで、上記相続人間において遺産分割に供すべきもとの相続財産があるか否かについて検討する。

(1)  嘱託にかかる富山家庭裁判所調査官政谷武雄の調査報告書、当裁判所調査官野口享二の調査報告書(同書に添付の内閣委員会会議録写、防衛施設庁総務部長の昭和四五年六月二三日付施本総第三〇五号による回答書を含む)を総合すると、申立人が上記「申立の実情」において主張するとおり、秀夫が国(所管庁大阪府知事)から、〈1〉昭和二三年九月二一日もとの上記事故死に対し、昭和二二年一月四日の閣議決定に基づく死亡見舞金として金一〇〇〇円(以下〈1〉の支給金と略称する)、〈2〉昭和二八年三月一九日同事故死に対し昭和二七年五月二七日の閣議了解に基づく見舞金増額分として金一二、六〇〇円(以下〈2〉の支給金と略称する)の各支給を受け、さらに、〈3〉昭和三八年三月二七日国(所管庁名古屋防衛施設局)からもとの上記事故死に対し「連合国占領軍等の行為等による被害者等に対する給付金の支給に関する法律(昭和三六年一一月一一日法律第二一五号、以下給付金法と略称する)」第一〇条に基づく遺族給付金として金一八六、四〇〇円および給付金法第一三条に基づく葬祭給付金として金五、〇〇〇円(以下〈3〉の支給金と略称する)の支給を受けたこと、ついで、相手方丸井勇一が〈4〉昭和四四年九月九日国(所管庁名古屋防衛施設局)からもとの上記事故死に対し給付金法第一四条の四に基づく特別遺族給付金として金一五五、〇〇〇円の支給を受けたことがそれぞれ認められる。

しかし、これらの支給金はいずれももとの相続財産に属しないと解するのが相当である。その理由は次のとおりである。すなわち、上記諸証拠を総合すると、我国が連合国の軍隊によつて占領されていた当時連合軍の不法行為等によつて被害をこうむつた国民が連合軍に対し損害賠償を請求することは事実上不可能な状態にあつたので、我国政府は、これら被害国民の窮状を放置するにしのびず、政治的配慮の下に、昭和二二年一月四日閣議において、進駐軍の自動車事故等により死亡した者の遺族等に対し死亡見舞金一、〇〇〇円等を支給することを決定〔厚生次官および大蔵次官の昭和二二年一月八日付発社第二号文書によつてその実施細目を定め、遺族の範囲等は、「死亡本人の配偶者(内縁関係者を含む)、子、孫等で、本人死亡のときこれと同一の家にあり、かつ引続きその家にあるものに限る(新憲法施行後は旧民法所定の家の制度は廃止されたので、本人死亡当時、その収入によつて生計を維持し、またはこれと生計を一にしていた意味に改められたと解するのを相当とする)、その順位は上記に掲げる順序による」と決定した〕し、その後昭和二七年五月二七日閣議了解によつて上記死亡見舞金等を増額することに決定し、これらの決定に基づき国からナミの死亡当時同女と生計を一にしていた遺族(申立人は当時すでに生計を一にしていなかつた)である秀夫に対し〈1〉および〈2〉の支給金が給付されたものであることが認められるので、これらの事実によると、〈1〉および〈2〉の支給金は、本来もとの相続人に対し法律上の賠償義務を負担しない国が上記閣議決定に基づきもとと特殊な身分関係にあつた秀夫に対し政治的配慮から給付した見舞金であると解される。そうすると、もとは死亡当時国に対し〈1〉および〈2〉の支給金の給付を受ける権利を有していないので、〈1〉および〈2〉の支給金は、もとの相続財産に属さず、秀夫固有の財産であるといわなければならない。次に、上記諸証拠を総合すると、平和条約発効後の昭和三六年一一月一一日国が従来閣議決定に基づき実施して来た上記見舞金等の給付に関し給付金法が制定せられ、同法第一一条所定の遺族(子)である秀夫および申立人らが国から同法所定の遺族給付金等の支給を受けることができることになつたので、秀夫が同法第一二条第三項に基づき申立人らの他の遺族(もとの子)をも代理して国に対し〈3〉の支給金の給付申請をなしてその給付を受け、ついで、秀夫死亡後相手方丸井勇一がもとの遺族(子)である秀夫の相続人として国に対し同じく給付金法に基づき他の遺族(もとの子)をも代理して〈4〉の支給金の給付申請をなしてその給付を受けたことが認められる。そこで、給付金法制定経過は以上のとおりであるうえに給付金法に規定するところの給付金を受けるべき遺族の範囲(同法第一一条規定)は必ずしも民法所定の相続人と同一でなく、その給付を受けるべき金額も一定していること等を考え合すと、〈3〉および〈4〉の支給金は、給付金法所定の遺族が給付金法に基づく国の支給決定によつてはじめて国に対し取得する権利金であると解されるので、もとは死亡当時国に対し〈3〉および〈4〉の支給金の給付を受ける権利を有していないことは明らかであるから、〈3〉および〈4〉の支給金は、もとの相続財産に属さず、もとの遺族(子)である秀夫および申立人らの固有の財産であるといわなければならない。

(2)  しかして、上記諸証拠を総合すると、他に、本件遺産分割に供すべきもとの相続財産は格別見当らないことが認められる。

3  果して、そうだとすると、もとの相続財産は皆無であるから、本件当事者間でもとの相続財産について遺産分割をなすに由なく、本件申立は結局理由がないといわなければならない。〔なお、以上に認定のとおり、〈1〉および〈2〉の支給金については申立人は自己の取得分を有しないが、〈3〉および〈4〉の支給金については申立人も他のもとの子と平等の割合で取得分を有するところ、秀夫または相手方丸井勇一が申立人の取得分をも含めて国からその支給を受けているものであるから、申立人がこの自己取得分を確保したいならば、申立人が〈3〉の支給金に関しては秀夫の相続人、〈4〉の支給金に関しては相手方丸井勇一をそれぞれ被告として管轄地方裁判所(請求金額が三〇万円以下の場合は管轄簡易裁判所)に対し民法第七〇三条(不当利得)または同法第七〇一条、第六四六条(事務管理)等に基づき申立人取得分の支払いを求める訴訟を提起して、上記目的を達成すべきであり、本件遺産分割によつて上記目的を達成することはできない。〕

4  よつて、本件申立を却下して、本件申立費用を申立人に負担させることとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 山崎末記)

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